RCC(腎細胞がん)腎がん闘病記心の持ちようひとつで人は変われる

腎がん闘病記心の持ちようひとつで人は変われる

藤本いづみさん(48 歳、看護師) ふじもと いづみ 1962年生まれ。准看護師を経て、23歳のときに看護師になる。2009年、ステージ3bの腎がんが判明し、右の腎臓と副腎を全摘。肺転移の治療のため、サイトカイン療法を行った後、現在も分子標的治療を継続している。「天職」と自認する看護師の仕事と、親しい仲間とのテニスが治療の原動力だとか。

心の持ちようひとつで人は変われる

09年夏に発病してから1年半が経過しましたが、その間、さまざまな葛藤に苦しめられました。人と自分を比較して、落ち込むこともあります。私の周りの明るく元気な人たちを見て、どうして私だが病気になったんだろうと思ってしまうのです。

そんな私にとって救いとなったのが、前述のC型肝炎の患者さんの言葉でした。そしてもうひとつ、私にとって大きな意味を持った出来事があります。それは、私と同じ病状(右腎がん、肺転移)を抱えた患者さんとの出会いでした。

その患者さんはとても明るく前向きな方で、病気を吹き飛ばすような生命力にあふれていました。心の持ちようひとつで人は変われるということを、彼女は私に気づかせてくれたのです。

「私、藤本さんと出会えてほんと良かったわ」「藤本さんは私の命の恩人よ」

彼女は折にふれてこう言ってくれました。自分も何か人の役に立てるかもしれない――そう思うようになったのも、彼女のそんな言葉がきっかけでした。

自分をマネジメントすることの大切さ

国立がんセンターの「患者・市民パネル」で出会った患者の皆さんからも、たくさんの勇気をもらいました。

「世の中には治療法がない人もたくさんいる。治療法があるうちは、それを放棄することは絶対ない。挑戦すべきだ」

そう励まされて、私は思いました。がんという病気は体だけでなく心まで冒す病気だけれど、負けないように生きていく方法はたくさんある。自分の勇気ひとつで、1日1日を笑って生きていけるんじゃないか、と。世の中には同じ境遇の人がたくさんいて、皆、精一杯前向きに生きている――そのことを知ってから、あまり後ろを向かなくなったのです。

実は、発病してまず思ったのは、「看護師でありながら、なぜ自分の病気に気づかなかったのか」ということでした。そして、看護師でありながらがんになった自分を、私はなかなか赦すことができませんでした。そのことを、院内の「がん支援センター」の看護師長さんに相談したところ、こう言われたのです。

「あなたの中には2つの自分がいる。副作用と闘う強い自分と、自分自身を責めてしまう自分。もう自分に意地悪しないでおこうよ。重荷を下ろして、もうひとつの強い自分だけで生きていけばいいじゃない? 自分自身をマネジメントすることが大切よ」と。

師長さんは、こうも言ってくれました。

「死なんて、受け入れられなくて当然。どんなにいい薬や先生がいても、そこに患者さんがいなければ治療は成立しない。あきらめずに一緒に闘いましょう」

師長さんの言葉が、私の心に沁みました。これからは勇気を持って、できることをしていこう。そう思ったときから、泣くことはなくなりました。

患者さんに勇気を与えられる存在になりたい

今の私にとって、がんと闘う原動力は、「仕事」と「テニス」です。40歳を過ぎてから始めたテニスで知り合った友達は、本当にいい方ばかり。仕事をしているときとボールを追いかけているときだけは、病気のことを忘れられます。

がんを経験したことで、看護師としての姿勢も変わりました。病気になって初めて、以前の自分が知らず知らずのうちに患者さんを「上から」見ていたことに気づかされました。「病気とともに生きる」という言葉の重みを身に沁みて感じ、自分自身が同じ立場になったことで、ようやく、患者さんと同じ目線で患者さんを支えられるという気がしています。

たくさんの人に支えられ、ここまで乗り越えてくることができました。今後は、自分自身が、同じ病気の患者さんに勇気を与えられるような存在になりたい。病気を自分の運命としてしっかり受け入れ、自分の使命として何かを表現できたら、と思うのです。

この先、次の治療法がなくなるときが来るかもしれないし、「治療を止めてほしい」と言う日が来るかもしれない。それでも、希望と勇気を持って、私は歩んでいきたいと思います。

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