RCC(腎細胞がん)腎がん闘病記利尿剤で水が抜けて症状が回復

腎がん闘病記利尿剤で水が抜けて症状が回復

鈴木陽子さん(66 歳、通院中)
すずき ようこ 2008年5月、末期の腎がんと肺転移が見つかり、医師から手術困難と言われる。2010年1月より分子標的薬による治療開始。右腎臓にあった大きながんが壊死し、2010年6月、右腎臓を全摘出。定年となる2010年まで奉仕団体に勤める。在職中は、翻訳のほか、国内外で多忙な活動をした。

利尿剤で水が抜けて症状が回復

その病院では手術や抗がん剤などの積極的な治療はまったく行われませんでした。それも無理はありません。何といっても私は末期の腎がん患者で、もう私には治療の術は残されていないというのですから。そこでは胸水を取り除くための利尿剤と、高くなった血圧を引き下げるための降圧剤が処方されただけでした。

でも、それだけの治療で咳が止まって私は元気になり、2週間の入院生活の後に退院の運びになりました。胸水がなくなったからでしょう。

もっとも病院側の意見は変わりません。心機能が弱っており、いつ何が起こるかわからないからと、自宅に酸素吸入装置を置くことになりました。

他の専門病院でセカンドオピニオンを聞きたいと思い、診察を受けたところ、ホスピスも酸素吸入器も必要ない、今後の治療方法について地元の病院に相談するとよいでしょう、という診断でした。ですから、退院後すぐに仕事に復帰しました。自分に都合のよいことはすぐ信用する性格なのでしょう。そのうち、病気であることを意識しなくなりました。もっともそうして仕事にのめり込んでも、体調に異常が出てくることはほとんどありませんでした。

1度だけスケジュールが立て込んで、疲れがたまったときに血尿が出て、2週間ほど入院したことがありましたが、それ以外は以前とまったく変わることなく、元気に仕事を続け、趣味の日本舞踊にも精を出していました。月に1度、病院に利尿剤と降圧剤をもらいに訪ねると、先生方は無理しているのではないかと呆れていました。

そうして1年半が経過したある日、再び、血尿が出ました。無理をして仕事を乗り切った後、通院している病院を訪ねると、担当の医師から「新しい分子標的薬が承認されている。使ってみてはどうですか」と、教えられました。そしてその薬剤を使うために私は大学病院で診察を受けることにしたのです。

「良くなりますよ」

2009年12月に大学病院の医師の診察を受けたときのことです。医師は「新しい薬を使ってみますか。よくなることはあっても、今より悪くなることはありません」といってくれました。

そうして翌年の1月から私はその分子標的薬の服用を始めました。4週間毎朝、2錠ずつ薬を飲み、その後、今度は2週間服薬を休みます。本来は毎日、4錠ずつ薬を飲むべきなのですが、私の場合は血圧が上昇する不安があったために半分の2錠から始めてみることになったのです。

実際に飲み始めてみても、体調にはまったく変化はありませんでした。それまでと同じように元気に仕事を続けることができました。薬剤の服用にありがちな副作用もまったくありません。実は私はこの薬剤について、あらかじめインターネットで調べており、多くの患者さんに手足の皮膚障害が現れることを理解していました。しかし私にはそうした症状はまったく現れませんでした。その点で私はとても幸運でした。

また私には、この薬剤が良く効きました。大学病院では、月に1度、CTなどの検査を受けて、がんの状態の変化を調べるのですが、検査のたびに腎臓のがんも、肺に転移したいくつもの小さながんも少しずつ萎縮し続けました。

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