「坂本はと恵氏コラム」治療も仕事もあきらめないために ~社会保障制度の活用術~社会復帰をするためにも公的制度を上手に活用しよう

生活保護は、原則として、世帯の全員が利用できる全ての資産を活用し、年金や手当など、あらゆる制度を利用しても、なお収入が生活保護法で規定されている最低生活費に満たない場合に適用される制度です。

がん患者さんが申請する際には、適用されるかどうかの判断に、治療の内容や見通し、仕事の内容などが関わってくることが大切なポイントとなります。申請を検討される場合は、ご自身の治療はどんなものなのか、例えば根治目的なのか、どれくらいの期間を要するのか、治療によってどういう身体状況の変化が予測されるのか、といった点を、必ず主治医に確認しておきましょう。

持家、車などを失わずに生活保護を受給できた例

国立研究開発法人国立がん研究センター東病院 サポーティブケアセンター/がん相談支援センター 坂本はと恵氏
国立研究開発法人 国立がん研究センター東病院 サポーティブケアセンター/ がん相談支援センター 副センター長 坂本はと恵氏

Bさんは個人経営で車を使う仕事をしています。現在、根治をめざして1年間の予定で一旦休職して抗がん剤治療を受けています。治療がうまくいけば、これまで通り仕事に復帰できる可能性があります。しかし、治療のために収入は絶たれてしまい、治療費も払えず生活費は足りません。では、Bさんの場合、仕事で使う車を売り、所持金が底をつくまで生活保護を受けられないのでしょうか?

もう一つの例も考えてみましょう。
Cさんは古い持家で、年金をもらいながら一人暮らしをしています。しかし、がんの治療費がかさみ、年金だけでは治療費と生活費をまかなうことが難しくなっていました。では、Cさんの場合、持ち家を出て生活しない限り、生活保護は受けられないのでしょうか?

一般的には持家も車も資産とみなされますので、どちらも売却する必要があります。ですが、Bさんの場合、車は仕事に復帰する際に必要不可欠と判断されたため、所持したまま生活保護を受けることができました。こうして予定通りに治療を終え、仕事に復帰しました。

そして、Cさんは、市町村の実地調査の結果により、家の築年数や交通の利便性などから「土地や家の資産価値なし」と判断されたため、持家は売却せず、そのまま住みながら生活保護を受け、治療費の不足分を補うことができました。

すべての資産を失う前に、早めに相談を

生活保護は、申請日にさかのぼって支給されますので、早めに申請手続きの準備を進めておくことが大切です。

がん患者さんの場合、高額療養費制度を活用しても毎月一定の医療費がかかるわけですから、多少の所持金があっても、治療途中で医療費も生活費も足りなくなることが明らか、という場合もあるでしょう。

例えば、現時点で30万円ほど預金があったとしても、家賃や光熱費・食費などの生活費と医療費を支払ったら2、3ヵ月もすれば所持金はゼロになり、家賃も払えなくなります。

生活保護は、原則として所持金が1ヵ月の最低生活費の5割未満で申請するとなっていますが、約6ヵ月以内に生活費や医療費で所持金がなくなってしまうことが見込まれる場合、その見込みが明らかになったときから申請の相談をスタートすることができます。
申請のタイミングを逃すと本来申請できた時期よりも遅い時期の申請になり、受給開始がそれだけ遅くなります。ですから、治療費の兼ね合いと預金の残金、またその後続く入退院の予定などを病院のソーシャルワーカーや市役所の担当者と、こまめに情報共有しつつ、申請のタイミングをすりあわせすることをお勧めします。

また、1回目の申請で不受理だったとしても、それが全ての決定ではありません。申請が受理されなかったからとあきらめず、アプローチの方法を変えながら粘り強く交渉しましょう。

治療も社会復帰もあきらめないために、相談支援センターの活用を!

全国にあるがん診療連携拠点病院では、がん患者さんを支援するために、がんに関する様々な情報を集め、それらの情報を相談支援センターを通じて患者さんや家族に提供しています。相談支援センターのある病院にかかっていなくても、がんに関する様々な相談を無料で受けられます。ぜひ相談支援センターを活用しましょう。

がん治療が進歩した今、必ずしも、がん=死の時代ではなくなりました。5年生存率は少しずつ上昇していますし、治療の選択肢が年々増えつつあることにより、がんの進行を遅らせ、延命効果を期待できるようになってきています。それは、がん患者さんにとって、とても希望に満ちたものであると同時に、治療が長期化することにより、社会復帰の問題や治療費負担の増大といった問題を生じさせつつあります。
特に働く世代にとっては、働くことと治療の両立、医療費の維持は大変な課題となってきています。

今回このコラムを通して、働く世代の皆さんにメッセージとしてお伝えしたいことが、大きくわけて2つあります。

その1つは、今受けている治療を完遂するために、社会保障制度が有効であれば、ぜひ利用してください。それにより、治療が完遂でき、再び仕事や経済的基盤が安定すれば、社会保障制度の利用は中止できます。

2つめは、がん治療により一時的に仕事での立場や経済的基盤が揺らぐようなことがあり、社会保障制度を受けることになったとしても、皆さんの人間としての尊厳が失われるものではないということです。

社会保障制度は、恩恵ではなく、皆さんが日々納めている社会保障制度にまつわる納付金が元となり受けられるものですし、受けたことが不用意に職場や近隣の方々に知られるものでもありません。
ご自身がもともと持つ権利を活用するものとして、社会保障制度を積極的に利用され、治療や生活が少しでも安定することを願っています。

※個々のケースにより異なります。

【監修】国立研究開発法人 国立がん研究センター東病院 サポーティブケアセンター/がん相談支援センター
副センター長 坂本はと恵氏

更新年月:2024年7月

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