がんの痛みを学ぼうトータルペイン(全人的苦痛)~心のケア~

がんそのものやがんの治療によって生じる副作用など、身体的な苦痛は多くのがん患者さんを悩ませていることでしょう。しかし、がんによる苦痛は、身体的なものに限ったことではありません。がんと申告された時、治療時の不安、転移・再発が分かった時の衝撃など、心がつらく、胸が痛いと感じてしまうこともあるでしょう。また、がんを患い、今後の人生設計などが変わってしまい、さまざまな辛さや不安でいっぱいになることもあると思います。

こうした心のつらさや身体的な苦痛を含め、痛みには四つの側面があるとされています。

  • ①がんそのものやがんの治療によって生じる副作用など、身体的な苦痛
  • ②気持ちが落ち込んでしまったり不安を感じてしまったりといった精神的な苦痛
  • ③痛みがあることで働くことができずに経済的な問題が生じてしまうといった社会的苦痛
  • ④人生の意味や苦しみの意味、自分の存在意義などを考えてしまうスピリチュアルペイン

そして、これら四つの側面の苦痛は、相互に影響し合っています。ひとつの痛みがさまざまな痛みを引き起こします。このような考え方を、トータルペイン(全人的苦痛)と呼びます(図)。

がんによって起こるさまざまな苦痛をケアしていく上では、このトータルペインという考え方を理解することが大切です。

図:トータルペイン(全人的苦痛)

トータルペイン(全人的苦痛)

トータルペイン(全人的苦痛)

トータルペインの四つの側面である、身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペインについて、それぞれ解説していきます。

身体的苦痛

もっとも多くの患者さんが経験する身体的苦痛には、がん自体が原因となる痛みであるがん疼痛(がんの痛みと原因 を参照)があります。そのほかに、がんとは直接関連のない、吐き気、食欲不振、息苦しさ、倦怠感(だるさ)といった身体症状や日常生活動作の低下、ほかの持病の痛みなどもあります。

これらの苦痛があることで食事を楽しめなかったり、睡眠が十分に取れなかったり、人との関わりがおっくうになってしまったり、といったことがあるかもしれません。

また、いらだちや不安を感じるほか、仕事や家族との関係に影響を与えてしまうなど、身体的ではない側面に大きく影響します。

痛みが強くなることを病状の悪化と結び付けて不安な気持ちになってしまったり、がんとは別の場所に痛みが出た際には転移を疑って絶望的な気持ちになってしまったり。痛みは時に人の思考を悪いほうへと導いてしまい、ますます心を痛めてしまうということも起こるでしょう。

こうしたつらい状態がさらに痛みを強く感じさせてしまうこともあり、身体的苦痛は心のつらさに強く結び付き影響し合います。

精神的苦痛

精神的苦痛とは、ネガティブなことを想像してしまい不安になる、イライラしてしまう、そわそわして何も手につかない、気分が落ち込んで憂鬱ゆううつになる、見放された気持ちになり孤独を感じる……といった精神的な負担をいいます。

こうした情緒の変化には、病状の進行、失望感(希望のなさ)、家族や身近な人からの支えのなさ……などが影響します。

検査や診断の結果を待つ間の不安や動揺、病名告知の際や転移・再発が分かった際の心理的衝撃など、がんの疑いがある時点から治療へと進んでいくなかでは、精神的苦痛が生じやすいでしょう。

診断や治療の過程では、不安やいらだち、恐怖、苦悩、絶望など、さまざまな感情が患者さんを苦しめます。時には思い詰めてしまうあまり、情緒が不安定になったり、「うつ」や不眠,倦怠感や無気力といったさまざまな症状が現れたりすることもあるでしょう。

こうした精神的苦痛はがんの治療はもちろん、患者さんの生活自体にも大きな影響を与えてしまいます。

社会的苦痛

社会的苦痛には、病気の治療や症状が仕事に影響を与えてしまったり、病気について職場にどのように伝えるべきか悩んでしまったりする「仕事上の問題」から生じる苦痛があります。そのほか、いつものように働くことができずに経済的な不安を抱えてしまう「経済的な問題」や、家事や育児に制限が生じたり、役割を果たせなかったりすることへの苦悩といった「家庭内の問題」によって生じることもあります。

また、がん治療の長期化に伴って生じる医療費などの経済的な負担も患者さんにのしかかってくることも少なくありません。

これらに関して悩み、苦しむことが患者さんの心を煩わせることにつながってしまいます。

スピリチュアルペイン

病気に直面した時に、「なぜ自分にこんなことが起こったのか」「なぜこのような苦しみを経験しなければならないのか」「人生にはどんな意味や目的があるのか」といったように、自分自身と向き合い、現状に対して深い疑問を感じたり、生きることの意味を考えてしまったりすることがあるかもしれません。

病気に対する大きな不安や恐怖、家族や職場の人に対する申し訳なさや依存することへの負担感などから、自分という存在の意味や価値を見失ってしまったり、虚しさを覚えてしまったりもするでしょう。

特に、がん治療が継続されている患者さんでは、生活圏が自宅と病院とに限られてしまうこともあり、社会との繋がりの消失(社会的孤立)は、スピリチュアルペインの根幹かもしれません。

スピリチュアルペインをそのまま翻訳すると霊的苦痛とされてしまいますが、適切な日本語を見つけることは困難です。このようなことを考慮すると、実存的苦痛(自分の存在意義への問い)という言葉があてはまるかもしれません。あるいは自己肯定感、自己効力感、自尊心などの低下と表現されるかもしれません。

このような苦痛は、もっとも人間の根源的な部分に関わります。

「なぜ私ががんになってしまったのだろう」という不公平感や、「家族や他人の負担になりたくない」という無価値感、「ばちが当たったのだ」という罪の意識は、人によってはとても大きく深いものとなってしまうことがあります。

医療従事者に相談しましょう

このように、がんの痛みにはさまざまな側面があり、それらは互いに影響し合っているのですが、これらの痛みは、それぞれ解決できる方法があります。

最新のがん治療では、がんそのものの治療のみに焦点をおくのではなく、適切な治療を受けるため、継続するための支援にも力が注がれ、それぞれの分野の専門家が、患者さんの状況に応じて治療やケアを支援する、チーム医療の体制で行われています。

がんの治療を受け持つ医師や、苦痛の緩和を専門とする医師、医師と患者さんの架け橋となり身の回りのケアを担当する看護師、体力や日常生活動作の維持・回復のためのリハビリテーションを提供する理学療法士、栄養管理や食事指導を行う管理栄養士、患者さん・ご家族の心理的な支援を行う臨床(公認)心理士、安全で最適な薬物療法が行えるよう支援する薬剤師、福祉の専門家であるソーシャルワーカーなど、病院により体制は異なりますが、さまざまな専門家がチームを組んで患者さん・ご家族を支援しています。

また、全国のがん診療連携拠点病院などには、「がん相談支援センター」が設置されています。治療や療養生活に関することから社会復帰に関することまで、看護師やソーシャルワーカーなどに相談できる窓口で、その病院に通院していない方やご家族など、誰でも無料で利用することができます。さらに、がんの治療中あるいは治療後の患者さんやそのご家族が集まる「患者会」などもあります。

がんの治療体験者が体験からの学びを活かして、がんを患った方々の悩みや不安を傾聴し、共に考える役割をする「がんのピアサポーター」と呼ばれる援助者も増えつつあります。

がん患者さんを取り巻く環境においては、医療従事者をはじめ、相談窓口や支援団体など、相談したり、悩みや不安を共有することができるさまざまな場所があります。

「痛み」というと、身体的な痛みだけだと思いがちです。しかし、今感じている「痛み」を緩和させていくためには、身体的苦痛以外の、精神的苦痛や社会的苦痛、スピリチュアルペインなど、影響し合うほかの苦痛にも目を向けていくことが重要です。

さまざまな苦痛が心のつらさにつながり、患者さんの心を痛めてしまいますが、ひとつの苦痛が解消されることで、連鎖的にほかの苦痛が緩和されていくのです。

苦痛に対して適切な治療や支援を受けることで、心のつらさをケアしましょう。そして、前向きな気持ちでがんの治療を進めていくことがとても大切です。

がんの治療ではさまざまな分野の専門家が、いつでもあなたの味方になり受け入れてくれます。ひとりで抱え込まずに、「身体的な痛み以外にも不安なことや困ったことがあれば、なんでも相談する」という一歩を踏み出してみましょう。

【監修】獨協医科大学麻酔科 教授 山口重樹 先生

作成年月:2022年5月

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